今回はちょっと変わった話をしたいと思います。
来年2024年4月から相続登記が義務化されることは、報道などを通して一般の方にもよく知られるようになってきた印象です。
不動産登記には表示の登記(面積などが書いてある部分)と権利の登記(所有者などが書いてある部分)の二つがあり、表示の登記のほうはもともと法律上義務とされていました。いっぽう、権利の登記をするか否かは当事者の意思に任されていたゆえ、登記が大昔の人の名義のままになっていて現在の所有者がわからない不動産がたくさんある、ということが社会問題化し、今回相続登記の義務化につながったという経緯があります。
それならいっそ、権利の登記自体全部義務化でいいのでは? と一瞬思ってしまったのが今回の話の発端なのですが、しかしよくよく考えてみると、権利の登記を全て義務化してしまうと、不都合な場合、不都合な存在があることに気づきました。
まず一つ目に、不都合な場合として、不動産が「建物」の場合があります。不動産のうち、土地は基本的にいつまでも存在しつづけますが、建物は有限な存在です。ローンなどを利用せず現金で建物を建てて、亡くなるまでには取り壊すつもりの人にとって、表示の登記だけでなく権利の登記まで強要されるのは酷というわけです。権利の登記をする際には登録免許税という税金がかかり、価値の高い新築の時点で権利の登記をすれば、それなりの費用がかかることになるからです。
二つ目に、権利の登記が義務化されると不都合な存在として、会社などの「法人」があります。権利の主体となることができる存在として、「自然人(人間)」と「法人」がありますが、この二つの大きな違いとして、人間は必ずいつか亡くなりますが、法人は事業がうまくいっているかぎりいつまでも存在しつづけるという点にあります。
法人がずっと存続しつづけ、かつ不動産を売却したり担保を設定したりする必要に迫られることがなければ、(法律上の義務である)表示の登記さえしていればよく、権利の登記をする理由はないわけです。仮に権利の登記が全て義務化されてしまうと、世の中に存在する全ての企業が所有不動産に権利の登記をしないといけなくなります。国にとってはたくさん税金が入ることになりますが、政治的な面では企業から大反対を受けるでしょう。
以上、ちょっとニッチな話になってしまいましたが、今後もたまにはこういう記事も発信していくかもしれませんのでよろしくお願いします。